忍者ブログ
正直なところ、
いきていたんだよ、いきていたいんだよ

私の性格は
○ひどくけなされると・・・いじけて殻に閉じこもる
○ほどほどにけなされると・・・反骨精神剥き出しになる
○褒められると・・・調子に乗る
という面倒くさい性格をしております。
しかし今日のゼミでその面倒くさい性格が功を奏しました。

先週のゼミは調子が悪くて寝込んでいていけなくて,
調子が悪いから何もするなと先生にも言われていたので
卒論のことはまったく手を付けず何もせずに一週間過ごしました。

そして今日のゼミでは,先週のゼミもほぼ無断欠席してしまったし,
一週間なにもしなかったし,共同研究する二人に申し訳ないなぁ…
どの面下げていけばいいのやら…とほほ…という感じで気が重かったのですが,
二人に進展の程を聞いてみると,思いのほか進んでいなかったので,一安心。
そして,このままのペースでは卒論書き上げられないぞと先生に活を入れられたので
どうしようかと話し合っていたのですが,本当にこのままではなんの進展も見られそうにないな…と
先生にヘルプを求め,いろいろと話し合っているうちに,まあいろいろな案が出るわけですが,
最初は全員でいろいろな発言をして提案をしていたのですが,先生に問題を露呈され
みんな少しずつ意気消沈していくわけです。しかし私は上記のような性格ですので,
「こんなんじゃだめだ」と言われると「じゃあどんなんならいいんだ!」とムキになるタイプなので
何故そのアイデアがいけないのか,何処がどういけないのか,ならば何処をどう改善すればいいのか
ということをひたすらに先生と討論し続け,否定されは意見し,疑問があれば徹底的に究明し,
異論があれば唱え,ひらめけば提案し,を続けた結果,漠然としすぎて手のつけようのなかった
卒論の方向性が結構決まってきました。
もう途中から私と先生の一騎打ちでまさに討論,というか闘論(笑)
相手を論破してやろう,みたいなところが常にあるので,そういう性格と,上記の性格と,
何事も徹底的に自分が納得するまで突き進むという性格のおかげで卒論に進展が見えたのでよかったです。

私は元々理屈っぽくて,口がたつ方なのですが,今までこういう性格は嫌味だし(実際私は嫌味な奴ですが)
人に好かれる性格ではないので,控えるようにしていたのですが,こういう場になると
「ああいえばこういう」性格が露見してしまいまして,ああ,生来持っている性格というものは
隠そうとしても出てしまうものなんだな,と感じましたし,やはり人間の根本的な性格というか
そういうものは取り繕っても,努力しても,変わらないものなんだなあと思いました。

でも,それが今回は役に立ったのだし,自分の持っている気質や元々の性格を無理矢理押し込めたり
控えたりするのは,間違っているのかもしれないと思ったりもして。
だって,今までは私,そういうこと思っていても,言えなくて,言えないのは嫌われるんじゃないかとか
その他いろいろな理由があるわけですが,でも思っていることを我慢してフラストレーションを溜めて
最終的に爆発するよりも,その場その場で適宜その場に応じたことを表現するのは必要なことで,
むしろ,抑圧するよりも表出することこそが自然な姿であり,健康的なことなのではないかと。


私はいつも何をやってもちょっとやっただけで人並みの成果が出せるタイプの人間でした。
だから大して努力したこともないし,さほど苦労した経験もない。
だからいつも人を小ばかにしたような,見下しているような,そんなところのある人間です。
でも,それって社会的に望ましい人間性ではないから,大人になるにつれて,
社会的に望ましい自分であれと思うようになり,自分のそういうところを直そうと思ったし,意識していました。
だけど,たとえそれが望ましい人間性でなくても,自分の本来の姿を捻じ曲げて,
捻じ曲げて,というと大袈裟かもしれないけれど,本来自分がもっているものを表に出さず,
社会的に望ましいとされる人間を演じることで,社会的には望ましい人間のように見えるけれど,
自分にはなんの利益もなかったように思います。

社会的に望ましい人間のように見えたって,私は今,社会的に生きられてないから。
それってつまり,社会的望ましさは自分にとって望ましいことではないんだなと。
そりゃあ自分が社会的に望ましい人間であればそれ以上望ましいことはないけれど,
多少の努力で変容できる範囲ならば良いけれど,私の場合そうではなくて,かなりの精神的負担を伴い,
且つ,非社会性を結果として生み出してしまった。
ならば何も演じる必要はないし,そもそも社会的に望ましいって何?だとして何?だから何?
というところに今私は行き着いているのだと思います。

人は,社会で生きるものです。社会的な生き物です。
だけど,やっぱり人は人なんです。社会の中であっても,その人はその社会ではない。
あくまで,社会に属する成員でしかない。そして,その成員であるからと言って,必ずしも
その社会で望ましいとされるものを,自分の何かを犠牲にしてまで生み出す必要はない。
その社会で望ましいとされることをしなければその社会に属すことが出来ないような社会なら,
そんな社会に居る必要性なんてない。もっと違う社会に属せばいい。ないのなら作ればいい。

求められるもの,必要なもの,望ましいもの,いろいろあるけれど,
どうしてもこうであらねばならないとする,何かひとつだけは重要。
だけど,それ以上は自分の意志で選ぶ。
うまくいえないけど,組織としての集団規範的なものが自分にあってなければ,
別にそんな組織抜け出していいんだと思う。
ひとりぼっちでもいいんだと思う。
だって地球で生きている人類,という大きな社会の中ではきっと一人ではないから。
一見孤立しているように見えても,どこか点と点で繋がった社会が,見えないどこかにある気がする。
その社会を見出せるかどうかは,自分の行動次第で。
そんな気がしてきた。

なんかすっごいばかみたいなこと書いてるかもしれませんね。
あほみたいにスケールのでかいこと言ったり,理想論だし,空想だし,ね。
でもそんな人から見たら馬鹿馬鹿しいこの空想にしか見えないものが,
少なくとも今の私の思想なんでしょう。

拍手

PR
   はずかしい HOME   
忍者ブログ [PR]


Designed by A.com
プロフィール
HN:
もみじ
性別:
女性
職業:
パートタイム派遣社員。
趣味:
被害妄想
自己紹介:
社会不安障害だったりする
非正規労働者によるブログ。

コメントは内容によっては
削除させていただく場合があります。
打たれ弱いので。ごめんなさい。

*ツール下部にンケートを設置しました*
もし宜しければご協力くださいませm(__)m

わたしのことを詳しく知りたい方はこちら
カレンダー
05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 23 24
25 26 28 29 30
カウンター
最新CM
[08/03 こと]
[11/09 tara]
[01/24 こと]
[03/01 わたし]
[11/08 たいぞう]
ブログ内検索
バーコード
アクセス解析
詩集出版に関してのアンケート