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正直なところ、
いきていたんだよ、いきていたいんだよ
私、全日制の高校から通信制の高校へ転学することにしました。
理由は簡単。
もう今の学校じゃあ卒業が無理だから。
やれるだけのことはやったつもりだけど、でも心のどこかで
「どうせ無理なんでしょ」
って思ってる自分もいて。それでこんな結果に。
2年半頑張ったあの校舎を去るのはまだ早すぎる気もするけれど、
大学進学や、将来のことを考えて。
自分にとって一番と思われる、最善の選択を。
友達と会えなくなるのは哀しいけれど、大学生になったらそうなるんだし。
そう言い聞かせて。
卒業アルバムも、同窓会も、みんなみんな欲しかったけど、
頑張っても無理なものは無理で。
それが現実だった。私はいつも夢ばかり見ている。
夢ばかり追いかけている。
そう、幻影。

ばかでした。
確かに勉強は割と出来る方かもしれない。
だけど、こういうことに関しては滅法だめだったみたい。
自分のことになるとなんだかよくわかんなくなっちゃうんだなぁ、
距離が近すぎて。ピントが合わなくて。
私の心はオートフォーカス機能なんて高等なものは付いていないから、
自分で少しずつピント調節をしていかなくちゃいけない。
だけど、私は不器用だったから。
だから、うまくピント調節が出来なくて。
ぼんやりと浮かんだ幻影を真実だと信じて疑わずに、
それに真っ向から立ち向かっていってたわけですね。
うん。

走っている最中に見る景色は、歩いてみるときと違う。
歩いている最中に見る景色は、止まっているときと違う。
だから、本質はどれか正しく見極めなくちゃいけない。
止まって見える景色が本質なら、足を止めなくては。
だけど私は焦っていたから、足を止める余裕すらなかった。
ただただ猪突猛進で突っ走ることしか考えられなかった。
そうするしかないって信じ込まされていた部分もあるし。
だから、こういう結果を招いた。

わたしってよく「冷静」「良く観察している」「良く解釈している」
「良く解析している」「理路整然」「頭の回転が速い」などと先生方や
カウンセラーさんに言われるんです。
それは自分に対しても、他者に対しても。
他者に対してはどうせ他人事だからいいんだけど、
私は自分に対しても、どこか他人事のような感覚で物事を捉えてしまうんです。
だから、数字的に「もう厳しいところまできている」と言われたときも
正直ピンとこなかった。本当に紙に書いて見せてくれたなら、
よくわかっただろうに。
だけど、口で「こうこうこうで、もう危ない」と言われても
「ああそうですか、残念ですね」と受け流してしまうところがある。
そして、その「もう危ない」の”危ない”がどれほど危ないのかがわからない。
危険察知能力に欠けるというか。

いつも私の母は私にこう言ってきました。
「物事が起こってからでは遅いの。何かが起こる前に備えておかなくては。
 備えておけば、物事が起きてからも対処が利くの。
 だけど、あなたはいつも後手後手に回っているから、だめよ、準備していないと」
と。そう、いつも母は私に失敗させるまいと、嫌な思いをさせるまいと
先回りして注意してくれていたのです。
だから、どうせそれも先回りしてだいぶん前から注意しているのでしょう?
と思ってしまう。それはいづれ母だけではなく自分以外のすべての人へと広がった。
だから、誰が何を言おうとマイペースを保って耳を貸さなかった。

その結果がこれ。
なんて残念な子でしょう。
母があんなにも泣きながらお願い、と頼んでくれたのに
母が発狂するほどに追い詰めていたのに。
それらすべてが自分のことだと思えなかった。
それらすべてが当分先のことだと思っていた。
現実ではないと。

決して母の育て方が悪かったとは思いません。
母がいろいろと躾けてくれたおかげで、挨拶もきちんとできるし、
人の嫌がることはあんまりしないし、悪口もほとんど言わない。
だけど、本当は人の嫌がることをものすごくしていた。

そう、誰より母を苦しめていた。
母を見ていると胸が苦しくなる。
あの笑顔の裏にはとても私には抱えきれないほどの苦労と苦悩が詰まってる。
だけど母は毎朝笑顔で私を起こしにきてくれた。
私が学校へ行ってくれると、誰よりも私を信じて。
私なんかよりずっとずっと私のことを思っていてくれる人。
私なんかよりずっとずっと私のことを信じてくれている人。

こんなに大きな大きなお母さんが居て、私はとても幸せ者。
だけど、不器用だから。鈍感だから。
ものを、手にとって分かる愛情を、愛情を物に、そうでないと
私は母からの愛を受け取ることが出来なかった。
それは真実の愛?
そう疑ってしまうから。
目に見えぬ愛は、虚無の偽ものかもしれないから。
だから形で愛を求めた。

教頭先生は泣きながら母の話しをする私にこう言った。
「愛情を、形で、物で得ようとするのは、やめなさい」
そして、
「あなたのお母さんは誰よりも深い愛情で見守って支えてくれているよ
 誰よりも心配して、大切に思っているよ
 それはお母さんの話を聞いていてよく伝わるから。
 伝わるから」
泣きじゃくりながら頷いて、そうしなくちゃって強く思った。
だけど、あれから何日も何週間も経つ今も、愛を形で得ようとしている。

今朝、学校のことを思って涙が枯れるほど泣いた。
泣いて、泣いて、時々止まって、また泣いて、鼻のかみ過ぎで鼻がひりひりするほど
鼻をかんで、泣いて、泣いて、泣いて。
泣きつくして、ピアノを弾いた。
ピアノを弾いているとき、母が降りてきた。
朝の5時。私は2時から起きていたけど、母は2時から寝ていた。
一日の睡眠時間はたった3時間だけ。
それでも母は朝食の支度にお弁当の準備をする。
洗濯をして、掃除もする。ほんとうに、働き者なの。
私はリビングに移って、母に話をしようと思ったけど、
嗚咽でとても喋れる状況じゃなかったから、しばらく治まるまで待った。
その間、隣のキッチンに居た母に嗚咽は聞こえていただろうし、
鼻をかむ音は当然したはず。だけど、母は手を休めることなく、仕事をした。

話しかけてくれないことが冷たいとは思わなかった。
寧ろ、それは母がわたしのことを思って、あえて接していないのだと思って、
また泣けた。
どうしてそんなにあたたかい人なの。
そして、ある程度泣き止んだところでキッチンに行って、
「紅茶、淹れて」と頼んだ。私は眠れずに徹夜した日や、早起きした日は
大抵紅茶を飲むんです。
母は黙って支度をして、他のこともした。
その間に言いたいことを少しだけ吐き出して、母は少し意見を述べた。
そして思った。

母は私が思っていた以上に強くて、大きくて、あたたかくて、優しくて、
すごい人なんだって。
私が成し得なかった事をやってきた。
私が直面している問題よりもはるかに大きな問題に直面したこともあるだろうに、
それを今は感じさせずに。
すごいなぁ
やっぱり、お母さんはすごいなあ。
ほんとうに、尊敬するなぁ
そう思って、伝えようとしたけれど、うまく言葉が出てこなくて、
頭の中で何度も言葉を紡いでイメージしたけれど、
口から言葉が吐き出されることは無かった。
そして母は父を仕事へと送っていった。

母が出かけた後で、母の入れてくれたあたたかな紅茶を飲みながら、
大好きな音楽を聴く。
心に響く、だけど癒される、ヴァイオリンの旋律。
それを聴きながら、砂糖多めの紅茶を飲んでいると、
津波のように、台風のように、地震のように巻き起こる感情の渦も
すべて穏やかに静まっていくのが感じ取れた。
紅茶を飲み終えた頃に母は帰ってきた。
それから私はデジカメを片手に庭に出て、花たちの写真を撮った。
ヴァイオリンを聴きながら。
本当に、ひとつひとつ違う花を見つめながら、
惹かれた花をフレームに入れる。
シャッターを切る。
それだけ。
それだけを繰り返していくうちに、本当にもう何もかもが許せる気持ちになった。
小さな小さなありを見つけて微笑んだ。
もっと小さなありを見つけて喜んだ。
いのちが、ここにある。
そう感じることが出来る幸せを噛みしめた。

そんな朝があって、今ブログを書いている。
私は晴れ晴れしい。

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